三島由紀夫 石原慎太郎 全対話

三島由紀夫 石原慎太郎 全対話

三島由紀夫 石原慎太郎 全対話

内容(「BOOK」データベースより)
一九五六年の「新人の季節」から六九年の「守るべきものの価値」まで、全集未収録の六編を含む全九編の対話を初集成。戦後日本を象徴する二大スタア作家による競演。三島事件五ヵ月前の士道をめぐる論争と、石原のロングインタビューを併録する。
著者について
三島由紀夫
一九二五(大正一四)年東京に生まれる。本名、平岡公威。学習院高等科を経て東京大学法学部を卒業。在学中の四四(昭和一九)年に処女創作集『花ざかりの森』を刊行。戦後四七年大蔵省に入り翌年退官。四九年に刊行した『仮面の告白』で名声を確立し、以後、文筆活動に専念する。『潮騒』にて新潮社文学賞、『白蟻の巣』にて岸田演劇賞、『金閣寺』にて読売文学賞、『絹と明察』にて毎日芸術賞、『サド侯爵夫人』にて芸術祭賞などを受賞した。六八年、「楯の会」を結成し、七〇(昭和四五)年、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。

石原慎太郎
一九三二(昭和七)年神戸市生まれ。一橋大学在学中に「太陽の季節」で芥川賞を受賞。六八年に参議院議員に当選し、その後衆議院議員として環境庁長官、運輸大臣などを歴任した。九九年に東京都知事に就任、四選をはたす。二〇一二年、都知事を辞職し、日本維新の会代表に就任し、衆議院議員として国政に復帰。一四年、政治家を引退。主な著書に『化石の森』(芸術選奨文部大臣賞)、『生還』(平林たい子賞)、『弟』(毎日出版文化賞特別賞)などのほか、『石原慎太郎の文学』(全十巻)、『石原慎太郎の思想と行為』(全八巻)がある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
三島/由紀夫
1925(大正14)年東京生まれ。本名・平岡公威。東京大学法学部卒業。在学中の44(昭和19)年に創作集『花ざかりの森』を刊行。47年大蔵省に入り翌年退官。49年刊行の『仮面の告白』で名声を確立。以後、『潮騒』にて新潮社文学賞、『白蟻の巣』にて岸田演劇賞、『金閣寺』にて読売文学賞、『絹と明察』にて毎日芸術賞、『サド侯爵夫人』にて芸術祭賞などを受賞した。68年、「楯の会」を結成し、70(昭和45)年、『豊饒の海』を脱稿後、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決

石原/慎太郎
1932(昭和7)年神戸市生まれ。一橋大学在学中に『太陽の季節』で芥川賞を受賞。68年に参議院議員に当選し、その後衆議院議員として環境庁長官、運輸大臣などを歴任。99(平成11)年から2012年まで東京都知事を務める。その後、衆議院議員として国政に復帰し、14年、政治家を引退。主な著書に『化石の森』(芸術選奨文部大臣賞)、『生還』(平林たい子賞)、『弟』(毎日出版文化賞特別賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

半分程度は意味が分からない

対談本になりますので、当たり前なのですが、やり取りの中にはタイムリーな話も出てます。そして、三島由紀夫が自決をしたのは生まれる前の話になりますので、タイムリーな部分の話については、全くわからん。となります。

ある程度は普遍性があるようでない。結婚についての話とか、後半になれば多少は楽しめるのですが、それよりも公開質問状とか、笑いましたね。

三島由紀夫の場合、同年代であればイメージが先行をしていて、三島由紀夫の書いた小説をある程度以上は読んでいる。と言う人は少ないと思いますし、私自身もその一人なのですが、晩年の三島由紀夫については、かなり辛辣な形で書かれていました。

あとがきに、今もまともに生きているのか?どうかは怪しい部分があるのですが、石原慎太郎が三島由紀夫について語っているのが書かれています。その原稿自体は2010年の物となりますので、今よりはまともだったのでしょう。

取りあえず、同じ時代を生きた人間の一人であり、近くで見てきた石原慎太郎の証言が掲載をされていて、自分の知らなかった三島由紀夫が書かれていましたね。三島由紀夫の自宅の様子なんて知らないのですが、イメージとしての三島とは確かに違いますし、対談の前の雑誌に掲載をされなかったであろうシーンの回想などもあります。

石原慎太郎から見た三島由紀夫ですが、空っぽだったみたいです。だったと言うよりも、枯渇をした感じですかね。

そして、私には分からないのですが、三島由紀夫の自決ですが、関係者でもねーのに入れたのかよ?と言うのが意外でしたね。ジャーナリストとか雑誌記者なら分かるのですが、石原慎太郎も現場に駆けつけて警察に入りますか?と聞かれたみたいです。石原慎太郎は断ったのですが、川端康成は入ってしまったみたいで、元々やべー感じになっていた、川端康成先生はそれでさらに悪化した。と石原慎太郎は推測をしています。

今回の作品で一番勉強に自分の中でなったのは、この石原慎太郎のあとがきでしたね。三島由紀夫自体は煌めきを放っていた時期があった。と言う事を石原慎太郎も言っているのですが、枯渇をしていくと、最終的には自己模倣になる。と言うケースですね。

確かに枯渇の一つのケースとして、自己模倣に終始をしてしまう。と言うのは、さもありなんですね。

三島由紀夫が生まれてから死ぬまで天才であり続けたか?と言われたら、やはりそれはなかったのでしょうが、晩年は思っていたよりも悲惨だったみたいです。楯の会への原稿依頼を川端康成先生にしたら、絶対に嫌だ。と断られていたり、自民党に呼ばれて話をしみたら、保利を相手にクーデター計画を披露したり、こいつ正気か?と思えるエピソードが、あとがきに凝縮をされています。

普通はあとがきになったら、流し読み程度で終わらせるものになるのですが、え?え?となる連発エピソードとなりまして、実はあとがきが一番面白いと言う作品でしたね。対談箇所のメインの部分であれば、点数を付けるとしたら、55点位かな?と思っていたのですが、あとがきだけが80点と言う感じで、トータル的には判断の難しい本になりました。

三島由紀夫の最大の天才ポイントは、やはり見せ方ですよね。東大全共闘の映画もみましたし、そのポスターを目にした人も多いと思いますし、本書のカバーを見ても分かると思いますが、顔のアングル・表情、全てが完璧ですよね。この作品の表紙だけで言えば、石原慎太郎なんて、何も分かっていないのですが、三島由紀夫で目にする写真全てが完璧。

リアルタイムで生きた証言としては、晩年はぼろくそに言われる三島由紀夫ですが、時代を超えて再び熱を帯びさせる辺りが、やはり見せ方として計算をされていたのかもしれません。その事を考えて、自決をしたのかもしれない?と、あとがきを読んで、はたと思いました。

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