第百三十三回 中山ふれあいサロン

第百三十三回 中山ふれあいサロン「歴史講座」
平成31年1月14日

                      瀧  義 隆

平成31年NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺」に因んで「歴史講座」のメインテーマ「日本古来のスポーツ」について
今回のテーマ「いだてん・オリンピックの歴史」について

はじめに

今年の「NHK大河ドラマ」は、来年の「東京オリンピック」を意識したテーマとなっていて、脚本家の宮藤官九郎氏が創作する物語となっている。元来の「NHK大河ドラマ」と大きく相違するのは、この物語の主人公は二人いて、一人が「金栗四三(かなくりしそう)」氏、もう一人が「田畑政治(たばたまさじ)」氏、とする非常に珍しい設定となっている。この「NHK大河ドラマ」は既に刊行されている物語ではない為に、そのストーリーがどうなっているのか?どんな物語なのか?全く不明である。

そこで、今年のこの「歴史講座」では、「オリンピックの競技種目」と類似する「日本古来のスポーツ(武術)」を併記する手法により、現在と過去の「スポーツ(武術)」を歴史的観点からより判り易く解説してみたい、と考えている。

「いだてん」と「オリンピック」について

「いだてん」について

「いだてん」を漢字にすると「韋駄天」で、これを『国史大辞典』の解説の要旨では、「本来は寺院の伽藍の守護神で、この尊は、仏涅槃の時に仏牙を盗んで逃げた捷疾鬼をその足にまかせて追いかけて、取り返したという伝説と、比丘が魔障に惑わされようとする時には速やかに走り来てその障害を除くほとけとされていて、韋駄天走りという言葉の言源となっている。」

『国史大辞典 1』吉川弘文館 昭和 年 613P
以上のようになっているが、仏教用語が多くて凡人にはなかなか理解出来ない言葉が多い。そこで、少し仏教用語を解説すると、

「伽藍(がらん)」・・・サンスクリット語の「samgharama」を略した言葉で、仏道修行者が集まって修行する閑静な場所を意味する。後に寺院の建築物を意味する言葉になった。
「守護神(しゅごしん)・・・・「まもりがみ」ともいうもので、国家や個人を守護し、加護を与える神のことである。
「尊(そん)」・・・・・原語は「zun」であり、尊ぶべき者やたっとぶべき者をさす言葉である。
「仏涅槃(ぶつねはん)」・・・・お釈迦様が入滅したことを示す。
「仏牙(ぶつげ)」・・・御釈迦様が荼毘に付されたとき、その遺骨の中から得た「歯」のこと。
「捷疾鬼(しょうしつき)」・・・・・「夜叉(やしゃ)」の別名で、顔かたちがものすごく性質が勇猛であり、足の速いインドの鬼のことである。
「比丘(びく)」・・・・サンスクリット語の「bhiksu」から生じた言葉で、所定の戒を受けて仏門に入った男子修行者のこと。
「魔障(ましょう)」・・仏道の修行を妨げる悪魔の障害のことである。従って、「いだてん」とは、とにかく足の速い「鬼」の一種で、通常は、マラソン競技のような時に人一倍足の速い者を「いだてん」と言って驚愕する言葉ともなっているのである。

「オリンピック」について

★「古代オリンピック」について古代ギリシアのエーリス地方で、4年に1回行われていた「オリュンピア祭典」が発祥であり、紀元9世紀から紀元後4世紀まで開催されていた。この祭典の起源は、ギリシア神話のトロイア戦争で死んだ、パトロクスという人を悼む為にアキウスが競技会を行ったことに由来するとされている。記録としては、紀元前776年のものがあり、競技種目が「中距離走・長距離走・五種競技・円盤投・やり投・レスリング・ボクシング・パンクラティオン(格闘技)・戦車競技・走り高跳び」等があったことが判っている。キリスト教が普及しはじめて、異教であるローマ神の祭典である「オリュンピア」が廃れきはじめ、ローマが西暦392年にキリスト教を国教としたことから「古代オリンピック」は禁止となってしまった。

★「近代オリンピック」について
フランスの教育者であったクーベルタン男爵が、1894年6月23日にフランスのパリ大学で開催された「国際スポーツ会議」において、「古代オリンピックを復興しよう」と提唱し、全会一致で開催が決定された。最初は13ケ国から選ばれた15人のメンバーとする「IOC」が創設され、初代会長にギリシャのピケラス(Demetrios.Vikelas)が就任し、第1回のオリンピックをギリシャの首都のアテネで開催することとなった。なお、オリンピックの第1回冬季大会は、1924年にフランス東部のシャモニー・モンブランで開催されている。

二人の主人公「金栗四三(かなくりしそう)」と「田畑政治(たばたまさじ)」について

この項では、非常にめずらしい、「いだてん―東京オリンピック噺」の二人の主人公である、「金栗四三」と「田畑政治」の生涯について、その略歴を示すこととしたい。

「金栗四三(かなくりしそう)」の略歴

誕生・・・明治二十四年(1891)八月二十一日生
出身地・・熊本県玉名郡春富村(現在の和水町)
父 金栗信彦 母 金栗シエ 八人兄弟の七番目

生い立ち・・・
小学校の頃、毎日片道6キロ、往復12キロを走って通学していた。この頃に、走る時の呼吸のしかたを、吸う時2回、吐く時2回のリズムを修得した。東京高等師範学校(現在の筑波大学)の時に、春と秋の長距離大会で3位に入賞し、校長の嘉納治五郎から表彰を受けた。熊本に帰り池部ヤスと結婚し、養子にはいったが、後に上京して東京高等師範学校の先輩達が勤務している学校に行ってマラソンの指導をしていた。

マラソンの自己ベスト記録・・・・・
2時間32分45秒

略歴
明治四十三年(1910)
旧制玉名中学校を卒業し、東京高等師範学校に進学する。
明治四十四年(1911)
オリンピック・ストックホルム大会に出場したが、
途中で日射病になり、意識朦朧となり、一時行方不明となった。
参考記録・・54年8ケ月6日5時間32分20秒3

大正六年(1917)
「東京奠都(てんと)五十年奉祝東海道駅伝徒歩競争」の開催に尽力した。レースは、東軍と西軍にわかれて、京都・三条大橋から東京の上野不忍池までの約516キロ、23区間で行われ、金栗はアンカーをつとめた。この駅伝大会が後に正月恒例の「箱根駅伝」と発展した。

大正九年(1920)
オリンピック・アントワープ大会に出場し、16位
記録・・・・2時間48分45秒4

大正十二年(1923)
嘉納治五郎の推薦により、「東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)」に赴任し、女性のスポーツ増進にあたる。

大正十三年(1924)
三十四歳の時に、オリンピック・パリ大会に出場したが、意識を失い途中棄権となる。

昭和六年(1931)
日本は東京でのオリンピック招致を決定し、昭和十一年(1931)のIOC総会において、昭和十五年(1940)に東京で開催することとなるも、昭和十二年(1932)の盧溝橋事件を発端として日中戦争となり、東京でのオリンピック開催は中止となった。このことから金栗四三は失意のままに熊本に帰ることとなった。
「金栗足袋(かなぐりたび)」の開発に苦心する。以後ランニングシューズの改良に努力し、「カナグリシューズ」を開発して成功した。
昭和五十八年(1983)十一月十三日 92歳で死去。

「田畑政治(たばたまさじ)」の略歴

誕生・・・・明治三十一年(1898)十二月一日生
父 田畑庄吉 母 田畑うら
生家は造り酒屋「八百庄商店」で、父親は高額
納税者で相当裕福な家であった。

出身地・・ 静岡県浜松市中区成子町
生い立ち・ 祖父も父親も結核で死去しており、政治も病弱であった。政治は別荘のあった浜名湾で泳いでおり、地元の中学校で「遠州学友会水泳部」を組織し、頭角を現した。しかし、四年生の時に「慢性盲腸炎」と「大腸カタル」を併発し、医者から水泳を禁止された。政治は水泳との関わりを諦められず、旧制浜松中学校水泳部を日本一にしょうと考えて、後輩達の指導に尽力し、大会で優勝へと導いた。

略歴
大正十三年(1924)
東京帝大学を卒業し、朝日新聞社(東京旭新聞)に
入社

昭和四年(1929)
大日本水上競技連盟の事務理事に就任

昭和七年(1932)
オリンピック・ロスアンゼルス大会に日本人水泳選手団を派遣する。(水泳 金5・銀5・銅2)

昭和八年(1933)
菊枝と結婚する。

昭和十一年(1936)
オリンピック・ベルリン大会日本人水泳選手団を派遣する。(水泳 金4・銀2・銅5)
前畑秀子さんが金メダルを取得、この時に「前畑ガンバレ」を連呼した葛西三省(さんせい)アナウンサーが有名である。

昭和十五年(1940)
東京でオリンピックが開催される予定であったが、第二次世界大戦勃発により中止となる。

昭和二十三年(1948)
日本人水泳連盟会長・JOC常務理事に就任。
朝日新聞東京本社代表取締役となる。

昭和二十八年(1953)
朝日新聞東京本社を退社する。

昭和五十九年(1984)
八十六歳で死去。

以上のように、「金栗四三」も「田畑政治」も、日本の近代スポーツの創生に尽力した人物であり、それぞれの立場から「東京オリンピック」招聘の為に努力を重ねた人物である。

まとめ

平成31年NHK大河ドラマの主人公は、歴史学の分野から時代区分すると「現代史」の範疇となり、比較的現在に近似するものである。我々の父母の生きた時代を歴史として扱うものであり、その意味では「資料」が明確ではありながらも、「史料」としての文献化されたものを直接手にすることが、むしろ難しい時代でもある。

このような実状にあって、6年前に、「ジェジェジェー」で有名になったNHK朝ドラ「海女ちゃん」を創作した宮藤官九郎氏がどのようにドラマ構成をしていくのか、充分に期待を持たせるものである。

★この「歴史講座」では、「史料」はあくまでも歴史的文献として史実を証明するものと限定し、「資料」は、絵画や写真等の物的に参考となるものを意味するものと限定していることを、今後も「頑なにこだわっていく」ことを前提条件としたい。

参考文献

次回予告

平成31年2月11日(月)午前9時30分~
平成31年NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺」に因んで
歴史講座のメインテーマ「日本古来のスポーツ」について
次回のテーマ「剣術の歴史・・・(フェンシング)」について

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