第百三十五回 中山ふれあいサロン

第百三十五回 中山ふれあいサロン「歴史講座」
平成31年3月11日

瀧  義 隆

平成31年NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺」に因んで「歴史講座」のメインテーマ「日本古来のスポーツ」について
今回のテーマ「槍術の歴史―(槍投げ)」について

はじめに

前回のこの「歴史講座」でも指摘したように、「オリンピック」競技種目に日本の「武術」を対比させるには、かなり無理があるものの、この一年間、10回に分けて「歴史講座」を進めるには、この手法しか思い浮かばない。
そこで、今回は、日本古来の武術の一つである「槍術」と対比して、オリンピック競技の「槍投げ」について述べてみることとしたい。

「日本の槍術」について

「日本の槍の歴史と種類」について

日本おける「槍」の始まりは、縄文・弥生時代の石器による「槍」で、武器というよりも、鹿や猪等の動物を殺して食料を確保する狩猟用の道具としての「槍」であった。その「槍」が、人を殺傷する為の武器と変革し、武術としての「槍術」になるのは、何時の時代頃かを『古事類苑』で調べてみると、
「槍術 棒術槍術ハ、其濫觴ヲ詳ニセズ、槍ハ、南北朝ノ比ヨリ書史ニ見エテ、戦場必須ノ具ト為リ、其流派モ甚ダ多ク、中ニモ寶蔵院ハ、奈良ノ僧ヲ以テ、世々比技ニ長ジ、毎ニ幕府ニ召サレテ其技ヲ演ジタリ、(後略)」
『古事類苑 44 武技部』吉川弘文館 昭和四十四年 70P

「濫觴(らんしょう)」・・・・物事の始まり、起源を意味する。
「書史(しょし)」・・・書物・書籍等の事。
「必須(ひっす)」・・・なくてはならない物の事である。
「毎(ごと)ニ」・・・・「何か行事があった時には、」の意味である。

以上の史料にみられるように、「槍」は鎌倉時代後期の南北朝時代に武器として使用されたものである。この「槍」が何時から武術としての「槍術」となったかは全く不明である。「槍術」は、江戸時代初期の元和~寛文期頃になると、一時隆盛をみることともなったが、元禄期頃からは「槍」はあまり重要視されなくなり、明治時代に入ると、「槍術」を伝承する流派も激減してしまい、多くの流派は断絶してしまった。現在まで残っているものとしては、「貫流(尾張貫流)」・「佐分利流」・「風傳流」・「宝蔵院流高田派」のみとなっている。

「槍術」の技の一部は、明治二十年(1887)頃に、日本陸軍の「銃剣術」の中に取り入れられ、日本式の「銃剣術」が制定され、現在も陸上・航空自衛隊の「自衛隊銃剣格闘」として訓練が行われている。

「槍の種類・槍術流派及び流祖」について

★「槍の種類」について
日本における槍の種類につい調べてみると、
「素(す)槍」・・・・・槍の穂先や柄(え)に余分な物がなく、すっきりと真っ直ぐになっている槍である。
「大身(おおみ)槍」・・・・槍の穂先が一尺(30.3㎝)以上の物を指す。取扱は難しいが、乱戦の時には威力を発揮する。
「鎌(かま)槍」・・・穂先に鎌の形をした刃があり、その刃に枝が出ているような槍で、左右に枝をつけたような槍を「両鎌槍」、一方に出た物を「片鎌槍」と言う。
「管(くだ)槍」・・・槍の使い方を円滑にする為に、管に柄を通した槍のことで、左で管を持ち、右手で柄を持って突くものである。
「手突(てづき)槍」・・・手で敵を突いて攻撃する物で、弓の矢のような形をした槍の一種である。
「士(し)の槍」・・ 個人が自分で使いやすい用に工夫した独自の2.5~3.5mの長さの槍。
「馬上(ばじょう)槍」・・・騎馬武者が使う槍で、馬の背丈ぐらいが使いやすいとされる、2~2.5mの長さの槍である。
「物見(ものみ)槍」・・・敵の陣地等を偵察して廻る兵士が持ち歩く2m前後の槍である。・・・・・・・・資料1参照

★「槍術流派及び流祖」について
鎌倉時代
「新当(しんとう)流・(神道流)」・・・飯篠盛近安土桃山時代以降「無邊(むへん)流」・・・大内無邊
「富田(とみた)流」・・富田牛生(うしお)「佐分利(さぶり)流」・・・佐分利猪之助平重隆
「本間(ほんま)流」・・・本間勘解由左衛門
「中根(なかね)流」・・・中根一雲
「種田(たねだ)流」・・・種田平馬正幸
「打身(うちみ)流」・・・打身左内

以上は、「槍術流派」のほんの一部であって、『古事類苑』や武道史等の参考書を精査してみると、この他に四十数種の「流派及び流祖」があったことが記載されている。・・・・・・・・資料2参照

「日本におけるオリンピックの槍投げ競技」について

日本に競技種目としての「槍投げ」を、誰が何時導入したのか?については、様々な参考文献をみても明確にはされていない。大正十四年(1915)に、「陸軍戸山学校(現在の東京都新宿区戸山)」で開催された、「第三回日本陸上競技選手権大会」に、初めて男子の「槍投げ」が種目として採用されている。従って、日本に陸上競技の一種目として導入されたのは、それ以前であった、としか言いようがないのである。この「陸軍戸山学校」とは、歩兵部隊の教育機関として、明治六年(1873)に設置されたもので、戦術・剣術・銃剣術・射撃・体育等の訓練を行っていた。なお、女子の「槍投げ」が競技種目として登場するのは、昭和四年(1929)に、「明治神宮外苑競技場」で開催された、「第十六回日本陸上競技選手権大会」の時からである。
※「槍投げ」を「投げ槍」と反対に書くと、「もの事を放棄して、どうにでもなれ。」といった態度や、思いを示す言葉として使われている。中世の戦場において、特に負け戦となった時に、敵前から逃げ走る時に長い槍を持っていては非常に邪魔になってしまう。そこで、「どうにでもなれ。」と自暴自棄となった時に、捨て身の方法として持っていた槍を敵に向かって「ほうり投げる槍」から「投げ槍」と言う言葉が生じた、とする説もある。

「槍術」には、「槍を敵に投げつける」という「技」はあまり見かけられない。これは、攻撃や防備の為の武器としての「槍」を敵に投げつけてしまっては、その後、自分自身は無防備となってしまうからである。それ故、日本の「槍術」としては、古来より「槍を投げる」とする「技」の発達は少なかったのだ、とも考えられているのである。

2. 「オリンピック競技・槍投げ」について

「西洋の槍の種類」について

「西洋の槍の種類」としては、多種・多様な物を見ることが出来るが、ここではその一部を示すこととしたい。「ランス(lans )」・・・中世から近代まで、ヨーロッパで、騎馬用の槍として使用されていた。穂先は各国で相違があるが、全体が鉄製であった。スペインの作家が書いた「ドンキホーテ」が風車に向かって突撃していった時の槍である。「ロングスピア(long spair )」・・・短い物が「ショートスピア(syoutspair )」で、「スピア」はヨーロッパの原始時代から使われていた槍である。全長が1.2~2mぐらいで、0.8~2kg程度であった。これを2~3mと長くしたものが、「ロングスピア」である。
「パイク(pike )」・・「ロングスピア」を基として製造された槍で、13世紀頃に、ドイツやスイスで使用していた。この槍は、中世にはスイスで量産して輸出していた。「コルセスカ(Corsesca )」・・・「ロングスピア」の一種で、両側に三日月型の刃があった。フランスのコルシカ島(イタリア半島の西側に位置する。)を発祥地とする槍で、15世紀頃にはドイツで隆盛となった武器である。
「パルチザン( Partisan・Partizan)」・・・三角形の穂先を付けた槍で、ヨーロッパのゲリラであるパルチザンが使用していた槍であった為にこの名前がついた。
「ビル(Bill・Billhook )」・・ヨーロッパの農耕具から考え出された槍で、長い柄の先に緩やかなカーブがあって、相手を引っかけて倒すことに主眼があった。「ハルバート(Halberd )」・・・ 15~19世紀にかけてヨーロッパの
各国で使用されていた槍で、2~2.5mの長さがあり、重さは2.2~3.1kgあった。この槍は、突くだけではなく、叩いたり斬ったりも出来るものであった。
「グレイプ(Glaive)」・・・ヨーロッパの各国で使用されていた槍で、穂先が「剣」のようになっていた。フランス革命の時には、農民・庶民もこの槍を武器として使用していた。
「トライデント(Trident)」・・・・・ギリシャ神話・ローマ神話や、古代ローマ時代から使用されていた、とされる槍で、「三叉槍(さんさそう)」・「三叉戟(さんさげき)」と称されている。現在でも、日本の漁師達が使用している、魚等を突く時の「三叉」と言う「ヤス」と同じ形である。
「ポールアーム(Pole arm)」・・・・別名を「ポールウェポン(Poleweapon )」とも称される槍で、鎧も貫通するような強力な槍であった。後には「儀式用」の槍となった。

以上の他にも、ヨーロッパには何種類かの「槍」があって、同種の「槍」でも、鉾先が多様に変化していて、その名称も多数にわかれていて、この項には載せきれないほどである為、省略することとする。

「オリンピック競技の槍投げ」について

「槍投げ」を英語表示すると、「Javelin throw」で、フランス語では「Lancer du Javelon」、ドイツ語では「dasSpeerwerfen」等と言っている。
ヨーロッパの各国においても、原始時代には狩猟を目的として、「槍投げ」が行われていたものと考えられており、その技法がより「遠くへと投げる」とする身体活動となり、「円盤投げ」や「レスリング」等と同じように、古代に描かれたとされる多くの壁画にも見ることが出来るのである。紀元前776年~紀元後393年迄行われていた、「古代オリンピック」においても、「槍投げ」が競技5種目の一つとして存在していたことが、紀元前460年にエウボイア島のアルテミシウムで発見されたアッティカ様式のブロンズ像によっても証明されているのである。・・・・・・・・資料3参照

1908年にロンドンで「第四回近代オリンピック大会」が開催された時には、「槍投げ」の種目は男子だけのものであったが、1928年にオランダのアムテルダムで開催された「第九回近代オリンピック大会」から女子の「槍投げ」が始めて種目として追加された。

まとめ

NHK大河ドラマの「いだてん―東京オリンピック噺」が放映開始されて、昨日で第10回目となっているが、この「歴史講座」の話の中で再三指摘しているように、脚本家の宮藤官九郎氏は、このドラマに面白みを加える為に、設定している人物を「わざと右往左往させている。」としか思われず、何となく「纏まりに欠けるストーリーである。」としか言いようがないのでは?と思えてならない。ストーリーを面白く描いていく上での手法が、本来、一番大事な「時間軸」を徒に前後させている為に、かえって一般視聴者を混乱させているように感じられてならないのである。
宮藤官九郎氏と言えば、現在においては日本の超一流の脚本家である。今後、NHK大河ドラマの「いだてん―東京オリンピック噺」が更に面白くなっていくことが期待されているのではなかろうか?。

参考文献

吉田雅美著『最新陸上競技入門シリーズ:9 ヤリ投げ』ベースボール・マガジン社 1993年
渡辺一郎著『宝蔵院流槍術』奈良県 昭和五十六年
日本古武道協会編『日本古武道総覧』島津書房 1989年
日本体育協会監修『スポーツ大百科』スポーツ大百科刊行会 昭和五十七年

参考資料

第百三十五回 中山ふれあいサロンの参考資料1

第百三十五回 中山ふれあいサロンの参考資料1

第百三十五回 中山ふれあいサロンの参考資料2

第百三十五回 中山ふれあいサロンの参考資料2

次回予告

平成31年4月8日(月)午前9時30分~
平成31年NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺」に因んで歴史講座のメインテーマ「日本古来のスポーツ」について
次回のテーマ「弓道の歴史・・・(アーチェリー)」について

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