第百三十七回 中山ふれあいサロン

第百三十七回 中山ふれあいサロン「歴史講座」
令和元年6月10日
瀧  義 隆

平成31年NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺―」に因んで「歴史講座」のメインテーマ「日本古代のスポーツ」について
今回のテーマ「唐手(空手)の歴史・・・拳闘(ボクシング)」について

はじめに

この世に人間らしき動物が出現したのは、600万年~500万年以前のことである。感情を持つ人類達が生存し始めると、そこには感情のもつれから「争い」が生じ、殴り合いの喧嘩となる。素手・素足によって相手を殴り、蹴飛ばし倒して打ち負かしてしまう、最悪の場合には殺人となったであろう。このような人間同士の争いは、西暦前5世紀頃には、アジアにおいては「拳法」、ヨーロッパでは「ボクシング」の原型となる、武術の起源が誕生したものと考えられいている。アジアにおける「拳法(後に空手の起源となる。)」も、ヨーロッパの「ボクシング」も、共に、素手・素足によって相手を殴り、蹴飛ばし倒して打ち負かすのは共通するものである。

今回の「歴史講座」では、後世においてオリンピックの競技種目の一つとなる、この「唐手(空手)」と「ボクシング」について述べてみたい。

「唐手(空手)の起源」について

現在においては、「空手(からて)」と表現するのが通常のものとなっているが、「空手」についての歴史を調べてみると、日本史上の近代頃までは、「空手」ではなく、「唐手」の文字で表現されている武術である。
そこで、この「唐手(空手)の起源」を調べると、

「唐手(空手)の起源」について

日本の「唐手(空手)の起源」については諸説があって、定説
となるものは見当たらない。『沖縄県史 第5巻 各論編 4 文化1』の「第二部 第六章 古武術 第二節 空手道」の項において、宮崎篤正氏は、「唐手(空手)の起源」について次のように述べている。「一説によると、空手の前身は、最初インドで発生したもので、それがかの有名な達磨大師によって中国にもたらされ、そこで、大系化されて発達してきたものといわれている。」

西暦527年、達磨大師がインドから中国に仏教を布教する時に、「唐手(空手)(正確には拳法である。)」も伝わり、これが更に琉球にもたらされて、そこから日本全国に流布したものだ、と述べている。
達磨大師は、インド人の仏教僧で、西域南天竺国(てんじくこく)の国王の第三王子として生れ、5世紀後半から6世紀前半まで生きていた人であるとされている。しかし、「唐手(空手)」の起源」がインドであったであろうことは推察出来るが、それではインドで何時頃に「唐手(空手)」が発生したか?については全く不明なのである。

『新修体育大辞典』不味堂出版 昭和五十一年 479P

「琉球への唐手(空手)の伝来」について

次に、「唐手(空手)」が琉球に伝来したのは何時頃であるのか?を調べると、2002年に「学研」発行の『古武道の本』では、三つの説を述べており、

(1)1372年に行われた明からの貿易交流の際に、中国人の「朱(しゅ)」・「程(てい)」・「王(おう)」・「葉(よう) 」・「懐(かい)」の各氏が琉球に移住した時に、伝えたものである。
(2)同時期ではあるが、察土王の要請により、中国福建省の職能集団が那覇の久米村に移住し、明国の文化を伝えた時に中国武術もその中に含まれていた。
(3)中国からの「冊封使(さくほうし)」が伝えたとするもので、冊封使の「汪楫(わんしゅー)」や、武官の「公相君(くーしゃんくー)等が伝えたもので、その証拠として、現在でも沖縄空手の型にその名前が残っている、とするものである。

★冊封使(さくほうし・さっぽうし)とは、中国の元朝・明朝・清朝時代に、その王朝の付庸(ふよう)国に王の使いを派遣することである。
以上の説によると、琉球に「唐手(空手)」が伝来したのは、早くても中国の元朝時代の冊封使であることからして、13世紀頃であったのではないか?と考えられるのである。・・・・・・・・・資料1

「唐手(空手)」について

中国から伝来したと伝えられている琉球の「唐手(空手)」には、その伝来の地からして三つの「手(て)・(琉球では、ティー)」があり、それをみると、
(1)「那覇手(なはて)(ナーファディー)」・・・那覇に住む人々によって伝えられている「唐手(空手)」で「久米村手」とも称されるものである。技の特徴としては、重厚な風格を持ち、南派福建省の拳(けん)を基盤としている。
(2)「首里手(しゅりて)(スイディー)」・・首里の住民に伝わった「唐手(空手)」で、首里族が伝承した。軽妙な技法を持つ、北派(ほっぱ)北京の風格を伝えている、とされている。
(3)「泊手(とまりて)(トマイディ)」・・琉球の第二の貿易港である泊の地区に住む人々が伝承した「唐手(空手)」である。技の特徴としては、「首里手」と同様とされている。

以上のような歴史をもつ「唐手(空手)」は、江戸後期から明治初期にかけて、松村宋昆(そうこん)・佐久川寛賀(かんが)・安里安恒(あんこう)・糸洲安恒(あんこう)・東恩納寛量(かんりょう)・宮崎長順(ちょうじゅん)等の名人達が近世空手の始祖となって、「唐手(空手)」という武術の確立に努力したのである。「唐手(空手)」が飛躍的に全国に流布するようになったのは、明治三十八年(1905)、沖縄県立の各中学校の教科書に「唐手(空手)」が採用され、この時から「唐手」が「空手」と文字で表されるようになり、昭和十年(1935)代から、ほぼ「空手」と書く事が定着したのである。

2020年の東京オリンピック大会においては、開催国の競技として、「空手」が競技種目に追加認定されたが、2024年のパリオリンピック大会にはこの競技は外されてしまっている。この外された理由としては、現在の「空手」の流派が数多くありすぎて複雑化していることと、判定があまりにも不明確すぎる、というものである。・・・・・・・・・資料2

「ボクシングの歴史」について

ヨーロッパの「ボクシングの発祥」について

ボクシングの起源は、この世に人類が発生したと同時に生じたものと考えられ、記録として確認出来るのは、紀元前688年に行われた古代オリンピックの際に、競技種目の一つに加えられたことが知られている。当時のボクシングは、男子がお互い裸で、素手で殴り合い、更に殴り倒して相手が敗北を認めるまで攻撃を続けるものであり、非常に残酷な格闘技であったと伝えられており、このようなボクシング競技は紀元後5世紀頃まで続けられていた。・・・・・・・・・資料3

18世紀に入り、イギリス人のジャック・ブロートンが、リングルールを考案して格闘技としてのボクシングをスポーツとしてのボクシングへと改革したが、この時代においても、ボクシングは素手で戦っていた。1866~1890年頃にかけて、同じくイギリス人のクインーズベリー侯爵が、新ルールを発表し、それまで素手であったものをグローブを着用し、更に、レスリング行為を禁止する、という近代ボクシングの足場を築いたのである。

近代オリンピックが1896年にアテネで第一回大会が開催されたが、ボクシングは競技種目として認定されず、1904年の第三回のセントルイス大会で、初めてボクシングが競技種目に加えられるようになったのである。しかし、1920年の第七回オリンピックアントワープ大会では競技種目から削除されたものの、次の第八回オリンピックパリ大会からボクシング競技種目が復活し、以後の大会から現在までへと競技種目の一つとして継続されている。

日本への「ボクシングの伝来」について

日本にボクシングを持ちこんだ人物について調べてみると、大正十年(1921)十二月に、アメリカから帰国した渡辺勇次郎が「日本拳闘クラブ」を創設し、日本に本格的にボクシングを紹介したことに始ったものである。この渡辺勇次郎という人物は、栃木県矢板市の出身の人で、貿易商を営んでおり、明治三十九年(1906)にアメリカのサンフランシスコに行った時に、白人の不良と喧嘩となり、打ちのめされてしまった。このことがきっかけとなって、ボクシングに興味を懐き、黒人のターナー師範から専門的にボクシングを学ぶこととなった。明治四十一年(1908)にカリフォルニア州でボクシングのプロデビューを果たし、持ち前の負けん気からアメリカ国内でボクシングで大活躍する人気者にともなった人である。

大正十二年(1923)、「日本拳闘クラブ」の師範代であった臼田金太郎が東京・上野の輪王寺境内で、「学生拳闘試合」を開催したのが、日本においてのアマチュアボクシング試合の日本最初のものであった。以後、各大学にも「拳闘部」が設立されて、全国に「ボクシング」というスポーツが知られるようになった。昭和三年(1928)の第九回オリンピックアムステル大会では、監督として渡辺勇次郎、選手として臼田金太郎が参加し、ベスト8に進出している。

第二次世界大戦中には、日本においてはボクシングも衰退してしまったが、戦後になって復活し、第十七回オリンピックローマ大会では田辺清が銅メダル、第十八回オリンピック東京大会では桜井孝雄が金メダルを、更に、第三十回オリンピックロンドン大会では村田諒太が金メダルを獲得するような大活躍をみせる、日本の代表的オリンピック競技種目ともなったのである。

まとめ

今年のNHK大河「いだてん―東京オリンピック噺」は6月30日放映から、主人公が「金栗四三」から「田畑政治」に移行する。NHK大河ドラマで、年度途中から主人公が替ってしまうような手法はこれまでにない画期的な手法と言える。これによって、低迷しているNHK大河ドラマの視聴率を、起死回生的に挽回させることが出来るのか?今後に大いに期待するところである。

参考資料

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料1

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料1

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料2

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料2

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料3

第百三十七回 中山ふれあいサロン 参考資料3

参考文献

・『沖縄県史 第5巻 各論編 4 文化 1』沖縄県教育委員会 1975年
・日本古武道協会編『日本古武道総覧』島津書房 1989年
・原田禹雄訳注『明代琉球資料集成』榕樹書林 2004年
・木本玲一著『拳の近代―明治・大正・昭和のボクシング』現代書館 2018年

次回予告

令和元年7月8日(月)午前9時30分~
令和元年(平成31年)NHK大河ドラマ「いだてん―東京オリンピック噺」に因んで
歴史講座のメインテーマ「日本古来のスポーツ」について
次回のテーマ「水練の歴史・・・・・水泳」について

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