「いきり」の構造(カッコイイとは何かを考える)

「いきり」の構造(カッコイイとは何かを考える)
「いきり」の構造(カッコイイとは何かを考える)

どうしてあんなに、自信満々なのか――。
「迷惑」を忌避する社会で際立とうとして、「いきり」が幅を利かせ、暴走する。
「わからないのはバカ」「別に迷惑かかってないし」「政治家になってから言えよ!」「切り取りだろ!」……。
「従順」か「居丈高」か。
世の中に蔓延(はびこ)る、この二択から逃れ、ちゃんと深く息を吸うために、疲弊した社会の問題点を掴まえる。
社会、”私”という個人、日本人論のトライアングルの中に「いきり」を浮かび上がらせることを試みた一冊。

【目次】
1 そういうことになってるから
2 オマエに権利があるのか?
3 批判なんてしません
4 やかましい街で
5 幸せの設定
6 落ち着いてください
7 不機嫌
8 善意
9 視覚化から資格化へ
10 不安なくせに
11 上から目線
12 気のせい
13 確信歩き
14 切り取りだ
15 すべてを見る
16 逆ギレw
17 ヤニる!
18 承認
19 届ける
20 NEW&SPEED
21 言語化
22 物を言う
23 自分で考える

お勧めできる良書も読む人を選ぶ

本書『「いきり」の構造』は『粋の構造』をもじって付けられた書籍となりますが、書籍タイトルとなっている、『いきり』あるいは『いきる』から皆さんはどういうイメージをするのでしょうか?その点が大前提になるのではないかな?と思います。元々のタイトルの元となっている『粋の構造』では、いわゆる伊達と酔狂で、どこかに余裕を感じて、その余裕を楽しむ。と言うのが根柢にありますが、『いきり』あるいは『いきる』から、私自身が感じたイメージとしては、あり体に言えば弱い人に対してのみ強気に出る行為。あるいはそうした行為をしている人。と言うイメージがありますね。

本書の部分の根柢には通じる部分にはなると思いますので、全体的なトーンとしては間違えてはいないのかな?と思います。当然別の言い方などもあると思いますが方向性は一緒ですかね。強い人の側に立って、中立のそぶりを見せながら弱者を排除したり、SNSのフォロワー数で小さなアカウントに対しては、排除をする方向性や、だったらお前も俺と同じぐらいのフォロワー数を獲得してみろよ!と言うトーンですよね。どう考えても、粋じゃないですよね。

そう!全般的に『いきり』あるいは『いきる』をしている方々は粋ではないのですよね。それを象徴するのが本書の序盤でも書かれています。

「お前の『オレカッコイイ』はクソカッコ悪い」。(中略)『反体制をすればカッコイイ』?『反権威をすればカッコイイ』?(中略)「お前のその考え無しの無差別な反抗はただの人を傷つける野蛮だ」。『カッコイイ』を舐めるな!(中略)たぶん体制や権威に従順な自分自身のことを無意識で『カッコ悪い』と思う気持ちとの葛藤からなんだろうな。

中略をしている箇所に、反体制や反権威の人達がそれをカッコイイ。と勝手に解釈をしていて勝手だ。と書かれて居たりするのですが、その通りですよね。後半部分は前半部分に対しての返しになるのですが、自分の事をどこかでダサい。と自覚をしている人がそれでも勇気を持てずにイジイジとしているだけならいいものを、お前ら!俺がカッコ悪いからって、お前らがカッコイイと思ったら大間違いだからな!!と言う、なっさけない、、、と言いたくなる態度が透けて見えてしまっていますが、現実的な問題として、こういう人達が現在はSNS上では天下を取っていますよね。そう、いわゆるネトウヨと呼ばれている層や、それに準ずる方々ですね。支持率が高いから俺達が正しい!と何をやっても支持率を持ち出して、指摘されている問題点の話をする事はなく、論点を支持率にすり替えて押し切りを測ろうとする方々ですよね。

本書では上述をしたような事例が前半部分。後半はかなら様相が変わっていき生き方。と言う感じですね。特にラストの方の看護師さんの話とか、これが粋だよね!と思える、とても素晴らしい事が書かれていますね。非常に生々しく事実ではあるけれど、その姿に美しさを感じる。と思える文章でした。文章と言うよりも、文章を読んでイメージして出来た映像を脳内で再生をさせたら、かーー!カッコイイ!となる文章でしたね。

本書を読んで欲しい対象としては、うっすらとネトウヨ化をしている方ですかね。もう完全に振り切れている状態であれば、武田砂鉄と言う名前を見た時点で、ガルル!!パヨク!パヨク!と吠えると思いますので、そうではないギリギリの方。まだ引き返せるので返ってきなさい。と言う為にも本書を是非とも読んで欲しいです。そうではない方であれども、背骨を正す意味合いでも、読んでも良いと思います。私自身は若干ですが、武田砂鉄ファンもありますので、読んでみた。と言う感じでしたね。

本書、『「いきり」の構造』は私自身が定期的に通っている川越の本屋さんで、売れやすいコーナー。具体的にはレジの近くに数ヶ月単位で鎮座をされていたのですが、残念ながら売れているコーナーでは見た記憶がないですかね。おかしいな。。と思ったりしたのですが、しかしながら本屋さんがこうした書籍を売りたい。と言う気持ちは伝わってきたのは嬉しい点でしたし、良い点でしたね。ひろゆきの本や、金の本。ウヨ本を大々的にキャンペーンをしている書籍自体を見かけなくなりましたが、多くの本屋さんがそんな事をしたら、崩壊がより早くなるでしょうね。多分、本屋さんが加速度的に潰れていくと思います。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください