オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史は力作

オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史

オスマン帝国-繁栄と衰亡の600年史

内容紹介
オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築くまでに発展し、イスラムの盟主として君臨した帝国は、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明期から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘、そして滅亡へと至る600年を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

出版社からのコメント
イスラム世界の最果てで「信仰戦士(ガーズィー)」をまとめ上げた始祖オスマン。
アナトリアを統一した稲妻王バヤズィト1世。
ビザンツの帝都コンスタンティノポリスを征服し「征服の父」「二つの陸のハーカーン、二つの海のスルタン」を称したメフメト2世。
アラブ地域を征服し、オスマン帝国の領域を大きく広げた冷酷王セリム1世。
西方世界から「壮麗王」と呼ばれ、オスマン帝国の黄金時代を築いたスレイマン1世。
大宰相ファーズルとともに帝国史上最大版図を達成したメフメト4世。
西洋文化をとりいれ、都市文化の爛熟を導いたアフメト3世。
近代化の先鞭をつけたセリム3世、イェニチェリ軍団を廃止して軍事改革を行った「大王」マフムト2世。
「最後のスルタン」メフメト6世、「最後のカリフ」アブデュルメジド・エフェンディ。
――大帝国を彩る皇帝たちの光芒を描いた一冊!

内容(「BOOK」データベースより)
オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築いた帝国は、イスラムの盟主として君臨する。その後、多様族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘など、滅亡までの600年の軌跡を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。

著者について
小笠原弘幸
1974年北海道生まれ.九州大学准教授.2005年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学.東京大学博士(文学).著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容―古典期オスマン帝国の系譜伝承をめぐって』(刀水書房,2014年),「王家の由緒から国民の由緒へ-近代オスマン帝国におけるナショナル・ヒストリー形成の一側面」(『由緒の比較史』,青木書店,2010年),「トルコ共和国公定歴史学における「過去」の再構成-高校用教科書『歴史』(1931年刊)の位置づけ」(『東洋文化』91,2011年)がある

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
小笠原/弘幸
1974年、北海道北見市生まれ。2005年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明学講座准教授。専門は、オスマン帝国史およびトルコ共和国史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

力作なのは間違いないが

オスマン・トルコ帝国があった事ぐらいは知識としてはありますが、日本史専攻だった私からしたら、それ以上の知識はありませんでした。第一次世界大戦でフランスとイギリスに騙されて、まんまとはめられて消滅をした国。それがオスマン・トルコ帝国。と言う認識位ですね。この辺り、最近はあまり聞かなくなりました、イスラム国も、オスマン帝国の領土を返せ。と言う事を言っていて、それ自体は割と理論的でグーの音も出ない主張でしたが、勿論ヨーロッパには都合が悪いので、あの手この手でもみ消しをしている最中ですね。

そんなオスマン・トルコ帝国を時系列で紹介をしているのですが、これが素人には分かり辛い!どう言う制度だったのか?そうした点については知らない事も多かったですし、その辺りについては理解をする事が出来たのですが、こと、名前を覚えるのは厳しいですね。オスマン2世とかオスマン3世とか、読んでいるうちに、順番が若返っていないか?と思えたりしている気がします。きちんと確認をした訳ではないので、はっきりとは言えないのですが、取りあえず読んでいて、覚えるのは不可能である。と言う事は悟りました。

兄弟殺しと奴隷の嫁

時々、保険で残したりする事もあったり、途中で中止をしたりもしたのですが、基本的に王位を継いだら、残りの兄弟は全員死刑だったりします。これは何となく分かるのですが、王様の母親が奴隷。と言うケースが非常に多いのですが、オスマン・トルコ帝国と日本のこれまでの時代の特長の大きな違いかな?と個人的には思いましたね。

これがまた理に叶っています。嫁が奴隷であれば、基本的には肉親がいないケースが大半となりますので、嫁の親戚が権力を握る事を防ぐ効果がありました。これは納得ですよね。日本の場合には、天皇に嫁を与えて子供が生まれたら、おっしゃ!となって出世をして地盤固めをした藤原氏もありましたし、戦国時代の大名でも、同じ年齢であれば、母親の出自で優先順位が決まったりしていましたからね。

良く言えば、それだけ王様の権力が絶大で、日本史の場合には、あまり権力者の力が抜きん出ていなかった。と考える事も可能ですね。それが600年と言う長い年月の歴史を残す事が出来た秘訣なのかもしれませんね。日本の場合には、うっかりと権力と権威が分裂をしてしまい、日本と言う国自体は残り続けたのが、これはこれで、オスマン・トルコ帝国と全く関係ないのですが面白いですね。もちろん、島国で隣は隣で、それなりに混戦続きをしてくれていたのも、大きかったと思いますが、良く残れたものです。

本書は、素人の私がどうこう言うのも、説得力がないのかもしれませんが、オスマン帝国を分かりやすく解説をしてくれていると思います。正直、覚えられないのであって、読んでいて理解が出来ない。と言うシーンは見当たりませんでした。

来るか!?オスマン帝国ブーム

そもそも、本書が出来たきっかけの1つとして、急速にオスマン帝国の歴史の解読が進んでいる。と言うのがあるみたいです。この本自体も良く行く本屋さんで、常に目立つ位置にありました。ロングセラーと言う感じで、音楽で言えばバラードのように、ちょっとずつですが、確実に売れている。と言うタイプの書籍でしょうね。

研究が進めば、当然ながら目立つ位置に新書として攻めていく事になりますので、ジワジワとオスマン帝国ブームが来るかもしれません。そうなると漫画とかでも需要が発生をして、読んで記憶に残りやすい形での出版もあるかもしれません。個人的にも興味はあるのですが、名前がカタカナで繰り返し出て来るとか、覚え辛いポイントが色々とあって、読み終わっても、流れ自体は綺麗サッパリと忘れてしまいましたが、読んでいて苦痛を感じる事はありませんでした。意外とボリュームのある書籍になりますので、御値段以上の価値は感じましたね。


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