2035年の世界地図――失われる民主主義、破裂する資本主義

2020年代、全世界を襲った「地殻変動」。
大きく書き換わる世界地図の中に、私たちの居場所はあるのか?

私たちが見ていた「グローバル化」の夢は、脆くも崩れ去った。
地球に住む私たちが共有したのは、
パンデミックと、歴史の針を戻したような戦争だった。
ここから世界地図は大きく塗り替わる――。

世界、日本、そして「私たち」は、いったいどこに向かっているのか。
世界最高の知性が、激動の近未来を大胆に予測する。

うーーーん。。うん?となった作品

エマニュエル・トッドとマルクス・ガブリエルが並んでいるのは珍しい気がしますね。案の定、本書の中でも食い違う意見があったりします。まず、本書の終わりの部分でコーディネーターの長野さんの言葉もありますが、エマニュエル・トッドとのインタビュー、そしてマルクス・ガブリエルのインタビュー。これを元にして、その後に、與那覇潤さんと市原麻衣子が、それぞれの意見の分析をしたり、自分の意見を述べたりしている構成となり、その後は、同様の構成として、ジャック・アタリにインタビュー。ブランコ・ミラノビッチにインタビュー。そして東浩紀さんと小川さやかさんが、解説をしながら、意見をぶつけ合う。と言う構成になっています。

構成自体は良いですし、ブランコ・ミラノビッチって誰だよ?と思ったりしたのですが、いわゆるエレファントカーブを提唱した経済学者さんですね。名前については存じておりませんでしたが、エレファントカーブについては知っていました。まー、ピケティと同じで、ぶっちゃけ、データとして正式に発表をされなくても、皆、気が付いていたでしょう?と言う内容になるのかな?とは思いますが、全うな国であれば、こうした学者のデータを重視したりするので、正式にデータとして出される事は唯意義ですね。

個人的に何となく引っ掛かり、納得が出来ないのは、コロナ対策についてですね。民主主義国家は人権を配慮して、中国のような思い切った政策をうてなかった。でも、勝利をした。などの文脈がありますが、ちょっと納得できるようで、納得出来ない。と言う感じですね。個人の主権の制限。と言うのがテーマになりますが、2023年2月時点では、相変わらず、日本以外の先進国では外されてきている、マイナンバー制度を日本政府はゴリゴリに推し進めようとしています。これは日本国民が別段望んでいない事であり、より監視を強化する為の政策である事は見え見えです。本書に出てくる4人の外国人知識人は、その事は知らないのかな?と思いますが、それ以外にも、具体的に他の先進国では不明な点もありますが、実際に砲撃が伴う戦争と言う有事になると、国家により主権の尊重がどこまで適用をされるのでしょうか?

間違えていたら、ごめんなさい。と言う話ですが、確かいざと言う時には、自衛隊が民間人の自宅などを接収する事が可能となったり、出入りの禁止なども可能となっていると思います。現実的に福島では、今なお危険性が高い。と言う事で、立ち入り禁止となっているエリアがあるでしょうが、これも主権の制限に該当をするはずであり、何故コロナ対策の時だけ、主権制限をかけようとすると、民主主義ではない。と言う反応を起こすのかが、自分の中で引っ掛かりとしてありますね。

そもそも、民主主義とは単なる政治形態の一つであり、数で物事を決める為だけであります。その民主主義をより上手に国家の為に運用をする。と言う事になれば、適切な情報開示がないと、意味がなくなります。現実問題、北朝鮮もロシアも投票によって決めていますが、民主主義国家とは、本書の中でも書かれていないですし、私自身も思っていませんが、それは情報開示を適切に行っていないからですよね?だとしたら、他の先進国はどうなるの?と言う疑問がやはり残ります。

エマニュエル・トッド、マルクス・ガブリエル、両者ともに好きな知識人となりまして、その両方が同時に出ている書籍。と言うのは、あんまり記憶にないな。と思いまして、手に取りましたし、こうした時事系の作品はなるべく早めに読まないといけないですからね。

取りあえず、そうした考えがある。と言う事を知識として身に付けて、別の機会の時に知性として活かせる、準備運動の本には向いている内容でしたね。個人的には東浩紀さんは、好きではない。と言うか、むしろ嫌いな部類になるのですが、今作での解説のシーンでは、なるほど。と思えたり、まー、そうですよね。と同意をする事が出来る部分が多々ありました。本来の目的の人物ではありませんでしたが、ちょっとだけ、東浩紀さんの事に対して、好意的になれた気がします。

絶対な至言

まさに自分の中でのタイムリーな話となるのですが、本書166ページからなる、『資本主義は無道徳』は是非とも読んで頂きたい箇所になります。これが現在社会をダメにしている一番の大きな理由なのではないか?と思います。

嚙み砕いて言えば、無道徳と不道徳とは違います。不道徳については、いわゆるルールや法律に違反をしているケースとなり、無道徳とは法律上に問題がなければ、良いんでしょう?と言う一種の価値観となっていて、そこに道徳が不在となっている状態になります。

普通の社会で家庭において、この道徳は通常は介在をしているものとなるのですが、会社や個人との関係になると、道徳が介在をしなくなる。アメリカでは以前は一人勝ちの象徴として岩崎弥太郎が日本の商売人として注目を集めていたみたいですが、近年では、渋沢栄一の道徳経済合一が注目を集めています。と言いましても、これはまだまだ大学での授業の話となりますので、今後、この渋沢栄一に注目をしていたアメリカのエリートが、どういう会社を作ってくれていくのかに期待をしたいですね。

もうね、中年以上は多分無理です。残念ながら、法律に違反しない限り、何をしても良いんだよ!と言う態度で、会社としても倫理観がありません。詳しくは以下、別のサイトではありますが、私自身のプライベートのサイトになります。

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2035年の世界地図――失われる民主主義、破裂する資本主義を読んでみよう♪

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